理系大学卒20代の社会人が共通テストの勉強をする3つの理由

reason

2022年、27歳男性は共通テストの勉強をすることを決意しました。

アラサーのおじさんが、なぜ今更大学受験の勉強をすると決意した理由を紹介します。

大学受験の勉強をする理由

reason

大学受験の勉強をすることに決めましたが、大学を再受験するつもりはありません。再受験する訳でもないのに、勉強すると決めた理由を3つ紹介します。

受験期の反省を活かしたいから

このブログで何度も紹介していますが、私は現役時代すべての大学に不合格になり、浪人しています。

1年浪人して、地方の国立大学に合格しました。しかし、合格を勝ち取れたのは国立2次試験で下剋上を果たせたからに過ぎません。

センター試験(2014年)の成績はとてもひどかったです。1年浪人して、610点(67%)です。(私は物理・化学・地学Bを受験して、これらの科目の受験者の全国平均点が534点(59%)です。)

もちろん、センターリサーチの判定はE判定で、背水の陣で第1志望校の2次試験に挑みました。

結果としては合格しました。しかし、センター試験の点数が低いことは、基礎学力がないということを明らかにしています。

他の受験生より1年余分に勉強して、基礎学力がないことは勉強の仕方を間違えていたと言えます。思い当たる節があるのです。しかし、大学受験後に勉強をあまりしていないので、反省を活かす機会がありませんでした。(大学で何をしていたという疑問がありますが…)

10代最後のイベントである大学受験の反省をアラサーの私が活かしていきたいと思っています。

高校の学習内容が仕事で役立つから

社会人になってしまったのだから、高校の内容は勉強しても意味がないと思われた方もいるでしょう。しかし、私は「意味がない」とは思いません。

社会に出て最も必要な能力は「読解力と表現力」であると痛感しました。そして、幅広い知識もあると役に立つことも実感しました。

私は、「表現」するために必要な言語力が著しく低いです。2014年センターの国語が84点、英語が112点だったと思います。(合計点の資料はあるのですが、内訳が書いてないので曖昧です…)

しかも、本番はとても運が良く普段より点数が高めでした。現役時や模試ではどちらも4割程度でした。

つまり、言語力がクソほど低いです。これでは、自分が行った仕事を「表現」できません。すなわち、私には「仕事ができない/やらない人」というレッテルが張られます。

「表現」ができないがために、何もできない人に思われるのはとても悔しいです。(逆を考えると、表現力があると多少実務ができなくても評価されます。私が行った仕事の成果を取られてしまいます。)

表現力を鍛えるためのテクニックはいくつかありますが、土台に言語力があります。若いうちに言語力を身につけておくために高校(中学、小学)の内容からやり直したいです。

共通テストはセンター試験に比べて難しいから

共通テストの問題を公式ホームページで見ましたが、センター試験より難しくなっている印象です。

難化しているというより、文章量が格段に増えています。しかも、理系科目においても文章量が増えています。私が共通テストの受験者だったら、問題も読み切れずに終了しているでしょう。

さらに、今の受験生は脱ゆとり世代(Z世代?)なので、学習範囲が「最強のゆとり世代」である私の時代より格段に広いです。

こんなに勉強してきた後輩が社会に進出してくると思うと恐怖しか感じません。しかも、遠い未来の世界ではなくすぐそこまで、既に進出している後輩もいます(さらに、コロナ禍就活を勝ち抜いたという経験も有しています)。

「先輩邪魔です!!」と言われないように基礎学力を身につけたいです。

社会で潰されないためには高校の学習内容は必要不可欠

私は「最強のゆとり世代」であり、上下の年代より楽な受験しか経験していません。

自分の能力が劣っていても、「ゆとり世代」だから仕方がない(社会の犠牲者として扱ってくれる)と、学生時代に努力をしていなかった私を許してくれます。

しかし、このままでいいのでしょうか。これから何十年あるか分かりませんが、先輩と後輩に「わっしょい」され続ける社会人でい続けていいのでしょうか。

これからの日本を担う若者の1人として、最低限の学力を身につけていこうと思ったので、共通テストの勉強をしようと決意しました。

今年は2004年生まれの受験生と一緒に勉強します。10も歳が離れているけど、互いに高め合いましょう!!

コメント

タイトルとURLをコピーしました